それは全ての始まり。
今の君を作り出した惨劇
今の君を作り出した喜劇
一番最初の記憶、記憶の奥底に今もある記憶。
水の中、ぶくぶくと気泡があがってゆくその中にいる自分。
自分を、ガラスの外から見ている白い服をきた人たち。
僅かに声が聞こえる。
--成功・・・だが・・・・失敗・・・・・今後・・・・
自分は異質な何かなのだと気が付くのに時間はかからず、そのまま目を閉じたのが最初の記憶。
その時に、何か大事な物を失くしたのかもしれない。
日本の山奥のどこか、まるで天然の要塞を誇るような研究施設があった。
その名を十六夜研究所という。
表向きは新薬の研究施設であったが、もちろん真っ当な研究施設であるはずもなく違法な研究を旨とする---
そう、遺伝子レベルによる人の生成。
古代よりそういったものは手段や名こそ変えてはいたが多様にあった。
錬金術、ホムンクルス、クローン、何時の世も悲劇と喜劇しか生みださぬ物であるというのに。
この研究所にて今より十年前に生を受けた少女がいた。
優秀の中の優秀、天才の中の天才の遺伝子を掛け合わせ人ならざる力を持つように
仕向けられ生まれてきた少女。
名は無く、ただコードナンバーで呼ばれるのみの存在。
何故、ここに居るのか
何故、こんな扱いを受けているのか
何故、という些細な疑問すら持たない少女
感情を、持たない少女。
研究員たちの少女への感心はその程度のモノであった。
実際、それはほぼ事実に近く、少女は反応というものを示さなかった。
否、示す術を持たなかったと言うべきなのであろうか。
最初は、あったのかもしれないモノ。
誰も少女の為に喜ばず
誰も少女の為に怒らず
誰も少女の為に哀しまず
誰も少女の為に笑わない
何時の間にか手放してしまったモノ。
生まれてから、7年目の夏の日----------
白い部屋から出され、何時ものように少女は歩かされていた。
きっと何時もの台に寝かされて電極をつけられて調べられるのだろうと少女はぼんやりと思ってた。
着いたのは高台の上、飛び込み台のようなそんな場所。
泣き叫ぶ声が、いっぱい、聞こえる
それは正気の沙汰とは思えない場所であった。
施設において隔離され育てられた100名からなる研究対象の試験場、試験課題は----------
飛び降りて死ぬか否か
逃げようとする子どもは容赦なく叩き落され
泣き叫ぶ子どもは声を失い
辺りに広がるのは錆びた鉄の匂い
けれど、それすら少女の顔が表情を見せる事はなく。
促され、台の上に立ち前を見る。
空は、蒼く、地面は、紅い
目を開いたまま、空中に足を躍らせ落ち る 浮遊 感 気が付けば 紅い地面の上に 立っていた。
屍の中に立つ少女を狂気に満ちた笑顔で大人たちが迎え入れる。
大人たちが何か言っているけれど少女には届いてはいなかった、少女の胸にあったのは
何かが、くる
その警鐘。
圧倒的な力の気配がすぐそこに来ているのにどうして誰も気が付かないのだろうかと、ぼんやりと血だまりの中で考えていた。
興奮している研究所員が少女を取り囲んだその時、それは飛来する。
白い服を着た男と、自分より少し年上の銀色の少女がそこに居た。
他の人は気が付いてないのかなとか、ぼんやり考えながら目を擦るとコンクリの塊が落ちてくるのが見えたから少女は トンッ と地面を蹴って避けた。
傍にいた大人が グシャ って潰れたけれど気にならなかった、目の前の 大きすぎる力に 目を奪われていたから。
男が、ぼんやりとしたままの少女を覗き込む。
「『ゴミの完成』ですか。なんとも逆説的ですね♪」
何を言っているかはわからなかったけど、自分の事を言ってるのは理解ができた。
つまらない存在だと言われているのだと思ったのは間違いではないだろう。
そこからはただ、見ているだけだった。
ぶつかりあう 白い男、黒い男 銀色の少女、赤色の少女
激しい力の奔流を
綺麗だと感じたのだろうか。
それとも、畏怖を感じたのだろうか。
感情を知らない少女の中に確かに芽生えた色が何色だったのか、少女すらわからぬまま。
来訪者たちの戦闘は施設をほぼ壊滅させた所で終幕を迎える。
黒い男が、白い男に何か吐き捨てるように言葉を投げつけたのが聞こえた。
と、同時に少女は男に抱きかかえられて暮れていく空を飛んでいるのに気づく。
それが少女の初めての人との零距離での接触。
不意に男が少女に問いかける。
「おい、お前なんて名前だ」
「名前、ない」
「なんかあるだろ、呼ばれてた呼称ってもんがよ」
「・・・【K ・ 0 ・ U T】」
男が顔を顰めて少女を見つめる。
「ノックアウト、じゃ呼びにくいしな・・・よし決めた、お前これから小唄って名乗れ」
「こう、た?」
「即席にしちゃいい名前だろうがよ」
「こうた、こうた・・・」
何度も繰り返して自分に与えられた記号じゃない名前を呟く。
少女の小さな箱庭の世界が崩れ落ち、新しい世界が始まった日。
月明かりの下、人の腕の中で生まれなおした日。
今の君に繋がる、はじまりの。
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